我来日本以后,和日本警察有过几次接触,其中2次记忆较为深刻,从中既感到了日本的警察人情味的一面,也感到了其近乎刻板的一面。
第一次和日本警察打交道是我刚刚来日不久。一次在参加完一个宴会后赶回我在大阪府界市的家,由于已是深夜,我在回家的电车上居然睡着了。等到我醒来时发现早已过了我要下的站,匆匆忙忙在就近的一个小站下了车。当时已经没有回去的电车了,所以只有打的。可能因为是小站再加上深夜的缘故,等了很久也没有等到一辆的士。正在发愁之际,看到不远处有一警察派出所,于是便去寻求警察的帮助,警察听完了我的述说并检查了我的学生证等证件,也许考虑到我是一个外国人,人地生疏,在向上司请示过后决定用警车送我回去。在大约30分钟的车程中,那个戴眼镜的警察还不停地和我说话,介绍日本的一些情况,当时由于我的日语还不是很好,只听懂了一个大概,但确实真切地感到了警察诚挚待人精神,至今仍然记忆犹新。
大约1年后的一天,我借了研究室助教授的自行车去银行办事,途中被一警察拦下询问我所骑的自行车的来历,在我如实地陈述之后,他又通过自行车上的防范登录号码确认此车的确没有被偷盗。我以为我可以走了,可是警察却说还需要和车主确认后才行,偏偏当时助教授不在研究室,在连续打了3个电话仍然没有联系到助教授后,警察于是直接打电话到助教授的家和他太太进行确认后,总算放行。回到研究室后,助教授已经等在那里,说他太太来过电话,关于自行车的事情,警察和他太太有过联系,不知道出了什么事,很担心。于是我赶紧将刚才所发生的事情说了一遍,此事总算告一段落,可我对给助教授和他太太带来的麻烦感到非常内疚。日本警察对工作的认真负责的确令人敬佩,如果过于刻板的话也许会给别人带来不必要的麻烦。
<日本語概要>
「日本の警察官」
来日後、日本の警察官と何回か付き合ったことがあります。そのうち2回が印象に残り、日本の警察官の人情味のある部分とかたい部分を感じました。
最初に日本の警察官と付き合ったのは、僕が来日して間もない頃でした。ある日の深夜、パーティーが終了後、僕は終電に乗って大阪府堺市にある家に帰っていたところ、居眠りしていました。目が醒めたとき、家の最寄り駅より遙かに行きすぎたことに気づき、慌てて次の駅で降りました。帰りの電車がもうなくなり、タクシーで帰るしかないと思いながらタクシーを待っていましたが、深夜でしかもあまりにも辺鄙なところであるため、なかなかタクシーが来ませんでした。そのとき、交番が目に入り、警察官の助けを求めに行きました。警察官は僕の事情説明を最後まで聞き、僕の学生証等をチェックしました。その警察官は多分、僕が外国人であることに配慮し、上司の許可を得て、警察のパトカーで僕を実家まで送ってくれました。約30分走行していた間に、その眼鏡をかけていた警察官は僕と話をしたり、日本の事情を紹介したりしてくれました。当時、僕の日本語はまだまだ勉強不足で、その警察官の話を十分に理解できませんでしたが、彼の真摯さを感じ、未だに記憶に鮮明に残っています。
約1年後のある日、研究室の助教授の自転車を借りて銀行へ行く途中、警察官に止められ乗っていた自転車について尋問されました。僕はありのままを話し、警察官は自転車の防犯登録番号で盗難車ではないということも確認しましたが、警察官は自転車の持ち主に再度確認する必要があると強く主張しました。そこで、助教授に電話をかけましたが、あいにく助教授が研究室を留守にしていました。立て続けに電話を3回かけても助教授との連絡が取れませんでしたので、警察官は助教授の実家にまで電話をかけ、助教授の奥さんに確認を取った後、僕はやっと銀行への道に戻ることができました。研究室に帰って、助教授は僕を待っていました。奥さんからの電話があり、自転車のことで警察官から連絡があったので、何かあったか心配していたということでした。僕は慌てて事情を説明し、助教授の理解を求めましたが、助教授夫婦に多大な迷惑をかけたと思い、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。あの警察官が真面目な態度で業務に取り組んでいた精神には敬服しますが、あまりにも硬直した部分が他人に余計な迷惑をもたらすかもしれないとも思いました。
